意外な再会
         〜789女子高生シリーズ  


     


どちらかというとベッドタウン寄り、
都心よりも やや郊外へと離れているものの。
沿線に高校や大学が多くある、JR快速乗り換え駅の前という立地から。
街路沿いの1Fに大きなショーウィンドウを並べる
有名アパレルブランドのブースを抱えた商業ビルやら、
雑貨やコスメのみならず、
人気のフードショップのテナントも早々とお目見えする、
情報発信の場でもあるファッションマートやらが集合した、
若い人向けのちょっとした繁華街になっており。
そのベッドタウンというのが、
単なる新興地ではなくの、閑静なお屋敷町なため、
若者受けする店ばかりでもない、
ちょっとした進物を頻繁にお求めという、
セレブな贔屓筋の多い老舗も 意外な場所で軒を連ね、
落ち着いた大人にも大きに縁のある、味わい深い街でもあって。
春休みに入ったも同然という今時分は、
公開したばかりな映画が多いことも手伝って、
シネコン目当ての人出も多い…のではあるけれど。

 「入試にしても定期考査にしても、
  試験中って子はもう居ない頃合いだから、
  制服姿ってのは却って目立つでしょうに。」

現に自分たちもそうなように、
小中学校生以上の青少年たちは、
学業から解放されて羽を伸ばしている時期であり。
制服姿でこんな賑やかなところを徘徊してちゃあ、

 「補導してくださいと幟を立てて宣言しているのも同じこと。」

いや、それは言い過ぎでは…。
(苦笑)

 「だろうな。
  さっきの子たちも、なんちゃって女子高生たちだったしよ。」

少年課の補導員らでなくとも判っただろう、
不自然さを醸していたのも当然ということか。
のちに判ったのが、着ていた制服は店からのお仕着せ、
あの場にいた3人は、晩になれば店へも出るという顔触れだったとか。

 「……で。
  俺としては変装だ仮装だののつもりもない、
  家から着て出て来たこのカッコで歩いてたら、
  さっきの子たちの仲間内だと思われたらしくて。」

さあ繰り出そうぜという彼女らの出入りと、
通りかかっただけのこっちの彼女と。
似たような姿で、路上で鉢合わせとなってしまっただけのこと。
何とも間の悪い出来事で、
その筋でいうところの“出合い頭”というやつで。

 「そのまま、
  ほら あんたの割り当てだって言われて、
  よく判らんチラシ配りを手伝わされたんだな。」

店の人間は彼女らの仲間内だと思い、
彼女らは彼女らで新しいバイトだと思ったようで。
齟齬もないまま すんなりと、
コピーチラシの入った紙袋を手渡されたのだとか。

 「まあ…スカートのチェックが同じだったしねぇ。」

白いニットのベストに膝上丈のタータンチェックのひだスカート。
ブラウスの襟元にはゆるいリボン結びにした赤いタイと来りゃ、
その上へパーカータイプのジャケットを羽織っていようと、
足元が白ソックスにデッキシューズであろうと。
こちらの彼女はそうじゃなかったが、
バリッバリにメイクしていて、爪にはストーンがデコられていようと、

  ―― 今時の女子高生は こんなもんじゃあないの? と

本当の彼女らを知らない層であればあるほど、
さほど不審には思われないものかも知れぬ。

  ………というワケで、

 「一体どうして、
  あんなところで補導されかけてたのかは判りました。」

その美貌へ甘い印象を加味する やや垂れた目尻を、
ついのこととて なお下げて、
ついでに撫で肩もかくりと降ろした七郎次だったのは、
深い安堵が勢いよく襲ったためだろう。
突然足取りが判らなくなった、
従兄弟の従姉妹という遠縁のお嬢さんをただただ案じ、
その身へ何事も起こっていなければいいがと、
ずっとずっと思い詰めてた白百合さんだったからであり。
その心痛がやっと収まったところで、
あらためてのこと視線をやった大柄なお嬢さんへ、
ついのことだろうが、しみじみとした吐息をついて見せ、

 「まさか きくちよが キクチヨだったとは。」
 「シチさん、それって判りにくい。」

言わんとしていることは判るけどねと、くすすと笑ったのが平八で。

 『とりあえず、河岸
(かし)を変えませんか?』

あのまま立ち話というのも何だからと、
そうと持ちかけたのも このひなげしさんだ。
警視庁の警部補という、これ以上はない保証人のご登場もあってのこと、
補導されかかってた大柄赤毛の女子高生を引き取った上で、
彼らのホームベースにも等しい“八百萬屋”のお隣、
別館スタンドバーへ、貸し切りにて落ち着いたという次第。

 『…お。』

オーナー・マスターの五郎兵衛も、
皆の中で頭一つ飛び出していたこちらの初顔さんが
“誰”なのかは一見して判ったらしく。
おおおと目を見張ってから、あっと言う間に相好を崩すと、
懐かしいなと笑いつつ、
大きな手でばんばんと背中をどやしつけてしまったほど。
そして、

 『…あ、すまんな。』

まさかお主が女子へ転生していようとはと、
前世での鎧に等しい機巧の姿と今との落差の大きさへも、
微笑って飲み込めた、さすがは大人のゴロさんで。
店を離れる訳にもいかぬというそんな彼からの差し入れ、
旬のアサリをふんだんに使ったパエリアと、
グリーンアスパラにベーコンを巻いて
こんがり塩炒めにした付け合わせを摘まみつつの会話となっており。

 「今までそれと気づかなんだのか?」

見た目もタイプもまるきり違う二人、
住まいも東京と京都となると相当に離れちゃあいるけれど。
それでも、ここまで歳の近い、しかも親戚同士というならば、
親同士だって歳も違わないだろし、
何より、七郎次の家系は由緒正しいそれなので、
本家分家という敷居の高さの差こそあれ、
互いにきっちり把握し合っていて、何かと交流もあるものじゃないのかと。
こういうことへの察しはさすが鋭い壮年 勘兵衛が、
七郎次へと訊いたところ。

 「いえあの……。///////」

暖房も効いていたのでと、勘兵衛が上着を脱いだの預かって、
いそいそハンガーに掛けていた白百合のお嬢様。
うっかりさんだったのは事実なのでか、
含羞みにもじもじと背広の袖をもみながら、

 「実際に逢ったのは
  アタシら双方が幼稚園へ通うようになるよりも前の話でしたし。
  それに、菊千代のお家は、草野の関西宗家ですから、
  ご家族も節季の折々に支家からの客人を迎えるばかりで忙しく、
  そうそう遠出はなさらないんですよ。」

さりげなくではあったが、
堅苦しい一族なんだねぇということ忍ばせる、
やたら格式高いお言葉での説明をした白百合さんだが、

 “まあ…シチさんは、
  この顔触れが集まった中、
  最後に記憶が呼び覚まされたクチでしたし。”

それだけ誰かさんにだけへの思い入れが強かったのかもですけどねと、
こっそり苦笑したのは誰だったやら……。


 「俺も、自分が転生とやらをしてた身だってのへは、
  最近気づいたばかりだったしな。」

どっかのコンツェルンの令嬢と同じで、
自分を指して“俺”と言うこちらのお嬢様も、
窮屈な家だよなという意味からか、しょっぱそうな苦笑をし。

 「ただ、モモタロウは向こうの親戚筋でも有名人だったからな。
  何かっていうと話題にも上がってたし、
  直接逢う機会っての、確かに最近は一度も無かったけど、
  ほれ、何の騒ぎだったか、
  テレビや新聞で取り上げられたことがあっただろうが。」

 「あやや〜〜。///////」

それはあんまり褒められた知名度じゃあないがため、
壮年警部補殿がちろりんと斜に見やって来たこともあり、
とうとう…手にしていたスーツのお袖に、お顔を伏せてたり。
そんな彼女の挙動も関与してのことか、

 「………。」
 「久の字も相変わらずだよな。」

無言のまま、ホットオレンジをストローで飲み続けつつ、
じいと自分の顔を集中して見やるばかりの久蔵さんなのへ。
向かい合う位置に座っていた制服姿のお嬢さん、菊千代さんの側が、
くっきりした眉を下げ、苦笑まじりに肩をすくめる。

 「私たちのことも、思い出しててくれたんですか?」
 「まぁな。だって一緒に取り上げられてたじゃねぇか。」

こんの暴れん坊がと、目許を細めて笑ったお顔が、
それは朗らかで清々しい。
平八のそれと同じ、明るいオレンジ色の髪は、
やはりという言い方も何だが、間違いなくの自毛で。
中学までは親御の意向から小まめに墨色へと染められていたそうで。

 「いちいち面倒だったけど、
  そのままにしとく方が
  言い訳とか何だとか余計に面倒だったからしょうがねぇさ。」

表情豊かではっきりとした目鼻立ちの面差しは、
マニッシュなどという範疇以上に力みがあっての頼もしく
髪の色を伏せるなぞ瑣末なことだと、
あっけらかんと笑い飛ばす豪気なところもいっそ懐かしいくらい。
運動部所属か、上背があるだけじゃなくて腕も足もしっかと太く。
なかなかにいい体格をしているせいで、
大雑把そうな口調や仕草も板についてて絵になるし、
女子校の制服の上に羽織ってたパーカーの、
フードを縁取る太いめのファーも、
決して大仰な防寒態勢には見えぬ、丁度いいバランスで収まっておいで。
そして、

 「……もしかしてEカップでしょうか。」
 「おう、そんくらいのはずだ。」

春の身体検査で胸囲しか測ってねぇけどなと、あっけらかんと言い、

 「平八こそ、
  前は着膨れてただけで、
  実は女装出来るほど細かったくせによ。
  今は結構な胸回りしてんじゃんか。」

 「おかげさまでvv」

前世ではおじさん、今は巨乳な女同士の明るい会話。
(笑)
日頃は“胸の話はタブーですったら”とムキになってるひなげしさんだが、

 “同類項が現れると、途端に敵愾心が沸くものなんだろか?”

変な理屈だと小首を傾げた久蔵のすぐお隣りから、

 「でもね、やっぱりこれは聞かずにはおれません。」

小皿に取った分のパエリアの、アサリを殻からすっかり外してやり、
はいどうぞと紅ばらさんへと渡してから。
居住まい正して背条を延ばした七郎次が、
キクチヨさんへとあらたまったお声で聞いたのが、

 「京都からこっちへ、
  お茶のお作法と和服の着付けを習いに来たっていうのは、
  あなたも納得してのことだったはず。」

だというに、新幹線でこちらへ着いたのを出迎えにと、
駅まで出向いた こちらの草野家の家人へ。
ぺらりと一枚、ルーズリーフを差し出して、
それじゃあそういうことでと、たったか逃げるように姿を消した。
あまりにあり得ない展開だったことへ唖然としたことと、
丁度 通勤時間帯だったため、
人の多かったプラットホームだったこととが重なり、
はっと気がつけば既に彼女の姿は視界の内にはなくて。

 「それで初めて“おかしい”って気がついたアタシも
  随分とトロいんですけれどもね。」

京都の方がどっちも本場だ。
親戚にあたる七郎次の母が高名な師範だからといったって、
何も遠路はるばる東京まで出て来て修めるものじゃあないだろう。

 「東京に出て来るだけの用向きがあった、でも、
  それってアタシんチで
  悠長にお茶だお花だ着物の着方だってのを教わるのを口実にした、
  別な“何か”のためなんでしょう?」

今回一番翻弄されつつも、話の肝は外さない。
さすがは儂の懐刀とでも思うたか、
勘兵衛がこそりと頬笑んだのは、
久蔵以外の誰の目にも留まらなかったようだけれど。







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  *そういやキクチヨさんたら、
   砂漠でヒョーゴさんから人質に取られたっていう因縁があったんだよね?
   こんの偽サムライがと罵倒した相手も転生してると知ったら、
   ちょっとは驚くかもでしょか?


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